お侍様 小劇場

   “秋の祭りの権謀術数” (お侍 番外編 123)



     2



高校生になって木曽から上京して来た久蔵殿が
こちらで通っている高校は、共学の公立高校で。
特に校内が荒れているという傾向もなく、
むしろ、開放的で進学率もなかなかのものだとか。
それと同時に、スポーツの指導も盛んな“文武両道”で知られてもおり。
育成手腕に秀でている指導者陣営を慕ってのこと、
基本 税金で運営されている公立校だというに、
先行きが期待されている顔触れが、
随分な遠方から、下宿先を探してでも、
推薦扱いという格好で入学してくる例も珍しくはないのだとか。
そんなせいだろか、久蔵自身も、
中学生時代までは木曽の屋敷うちでの修練しか積んでおらず、
よって さほど大会には出ていなかったせいで。
高校から出場した大会での躍進ぶりには、
“無名の新星現れる”扱いされたものの、

 『もしかしてお前も推薦組だったのか?』

出身地を後から知ったクチなどが、
そうだったのかと勝手に納得していたりもするらしい。

 「それをまた、否定せんのだろうな。」

目に見えるようだと、呆れ半分の吐息をつく勘兵衛へ、
向背に回ってジャケットを手際よく脱がせて差し上げていた七郎次も、
釣られたように苦笑をし、

 「別に隠し立てしてはないのでしょうが。」

本人が途轍もなく寡黙なので、
具体的に訊いてくれねば語り出したりなんてしない。
なので、他愛ないプロフィールほど
周辺の人には全く知られていなかったりもし。
木曽で直々に師事していた剣道の師範が、
協会のずんと上位の方々でも頭の上がらぬ地位の人だったとか。
見た目は小学生と言っても通りそうだのに、
実は柔道の方の通年チャンプとして名を馳せてる
その筋では超有名な某人物とも顔見知りで。(ぷくく…)
但し、いまだに自己紹介し合ってないので、
気安く会釈したり声を掛け合ったりするのに、
名前は依然として知らない同士らしいとか。

 「…何なんだ、それは。」

先々で関わることとなる“務め”には、
苛酷ゆえ、飛び抜けた活劇的能力が必要とされるが、
それより何より、
自分の置かれた状況を知るうえで、
情報収集だの操作だのは真っ先に要求されるスキルだというに。
敵のアジトの奥深くに監禁された人物を救い出す作戦下で、

 “どんな顔の誰を助け出すのか、
  訊いて来なかったでは済まされぬぞ?”

大丈夫か、あやつ…と、
心から困惑の表情となった勘兵衛だったのへは、
さすがに

 「いくら何でも、必要に迫られておれば、
  幾多の情報、きっちり把握もなさいますよ。」

どれほど驚きと情けなさとが混じったお顔を見せたやら、
何ですよぉ、
あくまでも平生の知己という次元での話じゃないですか、と。
帰宅したばかりの御主の着替えを手際よく手伝いつつ、
あまりに大仰な反応だってのへこそ、苦笑が止まらぬ七郎次であるようで。
どっちにしても、すっかりと息子を案じる父と母という会話なのだと、
ご当人らは果たして気がついているのやら……。

 「でも良かったですよ、勘兵衛様もお休みが取れて。」

十月頭の連休には、秋といういい気候へ入ったねという建前の下、
実のところは…欧州不況や慢性化している円高や、
某国の首長選挙やらで、落ち着きのない世界経済という荒海を
何とか乗り切りたいとするお歴々が、腹の探り合いがしたいのだろう
各界の様々なレセプションが目白押し状態にあったのだけれど。
そうそう連日詰めたところで、
意外な人との出会いこそ拾えても、
そんな場で劇的な変動に出くわせるもんじゃなし…と。
部署一番の情報通なの、この時期だけは笠に着て、
ついでにこっちからも責めの手を打って(つまりは少々小細工かけて)
有給休暇を自在に決めさせてもらった、役員つき秘書室室長様。

 「あ・でも、お疲れなのではありませんか?」

  まさか、無理に算段してお休みを捻出なさったとかいう
  仕儀なのではありませんか?
  でしたら、私、午前中だけでもお傍におりますが、なぞと。
  次男にばかりと盲目になってしまわぬ七郎次からの気遣いへ、
  いやいやと、勘兵衛の側でも鷹揚に笑っておいでで。

 「何でまた、
  明日の今日になってそんなややこしい休みを取るものか。」

何せ、明日はその次男坊の勇姿を大々的に拝めるハレの日、
秋の祭典の前半戦、体育祭が催される体育の日だ。
久蔵から請われるまでもなく、
どうでも七郎次は出掛けると言うだろし。
ならば自分は、
久蔵の奮闘に一喜一憂するのだろ、
恋女房殿の無邪気なお顔を堪能しに行こうと、
微妙に斜めな魂胆からではあれ、
同行するは当然と決めていた、
あくまでも家族想いの父だったりし。(んん?)
意外な案じをしてくれるなと、
幾分 メッという語調になった勘兵衛からの指摘にあって、

 「それは嬉しい。」

見るからにホッとして胸元を押さえた七郎次だったので、
一体どちらが駆け回る運動会やらと言いつつ、
勘兵衛が苦笑を濃くすれば。
この年頃でも肩幅胸幅の雄々しき御主に似合いの、
外国製秋物スーツを預かりつつ、

 「勘兵衛様、体育祭ですよ?」

運動会だなんて、
高校生たちに聞こえたらお年寄り扱いされますからと。
こちらからもお返しということか、
やっぱり メッと鹿爪らしいお顔になってわざわざ指摘するところが、
却って稚
(いとけな)いったらない。
内心でくすすとそんなところを愛でるよに微笑しておれば、

 「でも、今時の高校生さんも…vv」

今のやりとりから何か思い出したらしく、
言いかけた途中で堪らず“くふふ”と笑ってしまった七郎次だったので。

 「?? 何の話だ?」

並んでリビングの方へと戻りつつ、
話半分なのは却って気になるではないかと先を勘兵衛が促せば、

 「実は一昨日、
  久蔵殿と同じクラスの
  矢口くんという子からお電話いただきまして。」

たちまち、ふふふんと芝居がかった笑いようで口元をほころばせ、
自分もまたその“企み”へ加担している側なのだということか。
他言は無用ですよと言いたげに、
他に誰かがいるということもないのに、声を低めての続けたのが、

 「私や勘兵衛様は観覧においでかと訊いて来られて。
  ええと応じたところ、
  観客席に特別なお席を用意しましたので、
  我らにはそこへ付いてほしいというのですよ。」

 「?? 何だ、一体?」

さすがに明日が本番当日とあって、
競技の進行への予行や、応援の振り付けの段取りやらがあるものか、
そろそろ夕刻だというに、次男坊殿はまだ帰って来てはない。
なのでと、遠慮もない様子で、七郎次がそこへなお付け足したのが、

  何でもね、体育祭の競技は
  徒競走もリレーも、綱引きも大玉運びも全て得点制なんですが、
  久蔵殿が 特に気張らずとも足が速いのでと
  他のクラスからマークされているらしく。
  陸上部の子やクラス一の俊足をばかり
  同じレースへマッチングされているのですって。

 「久蔵殿は久蔵殿で、さほどムキにならない性格なので、
  接戦の鍔ぜり合いとなっても、
  抜きたきゃ抜けばと、しゃかりきにならぬのが目に見えてもいる。」

 「むう。」

良く見抜いておるなと、そこは勘兵衛もついつい感嘆のお声を上げたのへ、
ほどよく香ばしい焙じ茶を丁寧に淹れて運んで来た七郎次が
さもありなんと同意の頷きをみせてから、

 「そこで。」

湯飲みはきちんと勘兵衛の前、ローテーブルへとお出ししてから。
その手前のラグの上へとお膝をついての畏まり、
これこそが内緒の秘策と、ますますのこと声を低めた彼曰く、

 「ゴール前というとっても良い御席を用意したので、
  私共には是非ともそこに陣取ってもらい、
  久蔵殿が良いところを見せたがっての張り切るよう、
  なお一層の応援をお願いしたいのですと。」

鋭くも的を射た、絶妙な作戦だと思いませんか?
そうと言いたげ問いたげなお顔で、
上目遣いでじっとこちらを見やり、返答を待つ女房殿…とあっては、

 「……それはあれか、馬の鼻先にニンジンか。」
 「正解です♪」

さすがは多感な高校生ですよねぇと七郎次が感心したのは、
そもそも、寡黙さを看板にしている身で、
隠しごとをするのは結構難しいことであり、
何にも答えぬ態度が却って怪しいと、
余計な疑念を持たれてしまっては何にもならぬ。
それを思えば、久蔵の黙んまりは大したもので、
明かしてはならぬその素性、巧妙に隠し通している…のだが。
その割に、
彼が 義理の兄である七郎次をどれほど好きかは、
聡い人にはあっさり判るのらしく。
剣道部主将の榊兵庫くんは、世話焼きな性分らしいからともかく、
矢口くんとやらは同じ部でもないらしいのに、
やはりあっさりと見抜かれの、把握されているようで。

 『でもまあ、それも仕方ないと思いますよ?』

  ここまで整理整頓されていて、
  何不自由なく取り揃ってるはずのお家なのに。

 『七郎次さんという存在がいなければ、
  久蔵さんどころか勘兵衛さんだって、
  駅前のコンビニへ補給に出なくちゃ遭難しかねませんものね。』

何がどこに仕舞ってあるかを知らぬという意味でもありますが、
炊飯器があっても米を炊けないんじゃないか、
材料が揃っていても野菜炒めさえ作れないんじゃないか、なんて
お隣さんの平八から揶揄されたことがあり。
無論、厭味のつもりじゃない、冗談で言った彼だったのだろうが、

 “冗談抜きに
  夜更にインスタントラーメンを
  そのまま齧ってたことがありましたし。”

湯をかけるだけでいいカップめんも一応は常備してあることや、
コンビニが未明でも開いてることも知らなかった、
それはそれは純朴な剣豪さんは。
ついでに言やぁ、
寝ていた七郎次を起こすのが忍びなくて、
そのような奇行に走ったというのだから。
呆れるどころか、叱るどころか、

 感に入ってほろりと涙した親ばかさんだったのも、
 十分問題あると思う人、手を挙げて。(笑)

そんな自分たちだとバレていて、そこを矢口くんに利用されたらしいこと、
まいったなぁと感じたか、
くすくすと楽しそうに微笑った七郎次であり。

 「体育祭の勝敗のためにって、
  悪戯と言いますか、ちょっとした企みごとを構えるなんて、
  案外とムキになってるようで可愛らしいですよね♪」

共学だということもあってか、
文化部に所属の生徒なぞは、後日に開催の文化祭の方へ熱心になりがち。
体育祭では役員や実行委員会こそ忙しいものの、
参加生徒のほとんどは当日だけ張り切ればいいという立場の子が多く。
例えば、最近TVで紹介されている“団体行動”とか
吹奏楽部のマーチングなどのような、
一糸乱れぬ行進やら体操やらをご披露するような。
よほどに目玉な競技や演目でもない限り、
高校生の体育祭を わざわざ観覧に来るお人は珍しいのが現状だろうにね。

 「それを思えば、
  儂らは相当に奇異な存在でもあるということだの。」

 「あ、ひどいなぁ。」

勘兵衛様がそれを言いますかと、
お仲間のくせにという反駁をちゃんと挟んでから、

 「ただのマスゲームでも、
  相当数でやろうと思えば、当然ながら準備が要りますからねぇ。」

となると、文化祭も体育祭もというのは日程的にも無理がありましょうから、
たいがいの学校じゃあ どっちかへ比重が偏って当たり前。
久蔵殿が通う学校も、このところは文化祭へと偏りまくっていたそうだから、
何の負けるかと体育委員会が発奮してのこの運びであるらしく、

 「まあ、乗って差し上げてもいいんじゃなかろうかと。」

だから、いいですね?
勘兵衛様も久蔵殿へは知らん顔を通してくださいよと。
すっかりとこの企みに加担する気らしい七郎次が、
それこそ彼らと同世代のノリにて楽しそうなのが、
壮年の連れ合い殿にはくすぐったくってしょうがない。
やんわりとほころばせた目許口許の甘さや柔和さといった、
風貌の瑞々しさのみならず、
いつまでも気が若いのが微笑ましいと思ったのもあったし、

 “……まあ、気づかせぬよう運んだのだから、”

覚えているとかいないとかいう以前の問題なのだがなと、
こそり、その胸のうちで別口の思い出への苦笑が洩れた勘兵衛だったのは。
彼や七郎次が実家とする駿河宗家、静岡の本家から通っていた高校で、
本人が気づかなかったろう、
とある画策が持ち上がったという
今の今、彼が口にしたのと同じような事態が起きていたからで。
関わった面々全てに箝口令を敷いてあったし、
親の威光を借りての、我儘なだけの暴君とその一派を学校から叩き出す、
いい口実にもなった痛快な大芝居でもあったせいか、
高校を出るとすぐにも勘兵衛が手元へ呼んだ格好の七郎次には
結局 伝わらずじまいになっているそれは、

 『ああ。あれですやろ?
  金髪の美少年やゆうて
  入学して来たとっから注目浴びてはった七郎次はんを、
  面白ろうないて思ったらし アホぼんがおって。
  倉庫かどっかへ呼び出しかけて、
  泣かして言うこと利かせたろて画策しやはったんを。』

 『駿河と諏訪の十代二十代の“草”の皆さん総動員で、
  七郎次はんを難無く保護してのそれから、
  呼び出さはった倉庫ごと、コンテナに詰めて大移動さして。
  挙句に日本海側のどっか山奥ほって来たゆう、
  素人さんへそこまでしますかいう、神隠し伝説。(笑)』

  そも、駿河の学校いうたら地元やねんし、
  宗家かかわりの草のお人ら、
  先での予行演習も兼ねて どんだけ通てはることか。

  まあまあ、素人はんには そこも判るはずあらへんて…と。

西方にも参加者がいたものか、
つか、どの辺へ箝口令敷かれているのでしょうか、勘兵衛様と思えたほどに。
誰か様たちには
もはや親しい知り合いのお誕生日レベルで知れ渡っているという、
大きかったのか面白かったのか、そんな騒動があったらしくって。
当然?指揮を執ったのだろう宗主様、
それをば思い出したか、胸のうちにて くすすと苦笑をし、

 “当人には 欲はおろか非さえ無くてという、
  流れまで同じとはの。”

多くの味方がいて、
動いた手が多々あってのこととはいえ、
当事者なのに蚊帳の外…。
果たしてそれって幸せなのかと、
ふと思わんでもない勘兵衛だったりするらしかったが。
どっちにしたって
秘密なら墓まで持ってってこそ完璧だそうなので。
勘兵衛様、
『御書』関わりのお務め以外にも
秘密のあれこれを たっくさん
その胸底へ抱えておいでなお人なようでございます。


 「明日の運動会、楽しみですよねvv」
 「……体育祭ではないのか?」
 「あ………。///////」





     〜Fine〜  12.10.06.〜10.08.

BACK


  *当初は、
   久蔵さんを巡る他愛ない企みの話を思いついただけでしたが、
   妙な勢いがついちゃって。
   気がつきゃ、
   他人事じゃあないんだよという
   シチさんの高校生時代の話まで妄想してしまった困った奴です。
   とっとと書かないと頭の中で熟成するから、
   薹の立った腐女子のおばさんは始末に負えない。(笑)
   同世代だったろう須磨様や山科様も
   こそりと参加してたりして?(大笑)

   ………いやいや、いやいや。
   そんな、前半の導入部分だけで
   鬱陶しい展開になるのが必至なお話なんて
   書くつもりはありませんので念のため。

ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

メルフォへのレスもこちらにvv


戻る